not simple

デザインと言葉の実験です

くだらない人

くだらない人、六日目 / 土曜日 / 花

私は明確に、正確に、何一つ漏らさず、その姿を覚えている。最近は記憶もおぼろげだが、これだけは絶対だ。揺るぎようのない記憶だ。私は見た。それは真っ白なキャンバスに、なんの造作もなく大量に垂らされた、真っ赤な美しい、美しい様だった。雪の日に、…

くだらない人、五日目 / 木曜日 / かわいい幽霊

「便箋、一枚目。」 さよなら、僕のかわいい幽霊 ベランダの隅で ひなたで 川向かいで ペテルブルクで 小さな町の小さな店で 君の位置はいつも左で キッチンの横で 暗がりで 帰りみちで ミネアポリスで 小雨の日の暖かい海で 君の登場はいつも急で 浴室で 「…

くだらない人、四日目 / 水曜日 / 雪の日

月曜日は突拍子も無い話をしてしまってすまなかった。でも君は間を置かずに、また話を聞きに来てくれた。感謝を込めて、今日はきちんと、金曜日に話したある美しい女性の話をしよう。 それはある日の極端に寒い冬の日だった。私は例のくだらない店でひとり訪…

くだらない人、三日目 / 月曜日 / 雑談

「僕は先日の話の続きをさっさと聞いて、この奇妙に舞い込んだ面倒な仕事をさっさと終わらせたかった。しかし、今日の面会では彼の悪癖が始まったとみえて、僕にとってはよくわからない、まるで理解しようのない話に終始してしまった。僕には、彼の美につい…

くだらない人、二日目 / 金曜日 / ある女性の話

先日は、君にとってはおそらく大変、聞くに耐えない、気味の悪い話をしてすまなかった。今日の話はもう少し、美しい話だから安心してほしい。美しい女性の、美しい話だ。美しい、美しい、美しい話だ。 彼女と親しくなった時期は、ちょうど友人の事故があった…

くだらない人、一日目 / 火曜日 / 友人の話

私の人生において、十代前半というものはまるで無のようなものだった。私には両親とひとりの兄がいるが、別に虐待を受けるわけでもなく、過保護に育てられるわけでもなく、球を磨くように厳しく教育されたわけでもない。まるで平凡、無刺激、ありふれた、面…

くだらない人、零日目 / 某日 / 序

人に乞われて文を遺す。 どうにも面倒なことを頼まれたものだと後悔はしている。だが、知人として、おそらく今の彼にとっては、連絡の取れ得る唯一ただひとりの知人として、その責を全うする所存である。 これは彼に言わせれば遺書ということであるが、世間…