言の葉
「ことば」に「言」の「葉」という字が当てられたのはなぜだろうか考えた。
もともと「言端」と書かれていたこともあるそうだ。
「端」は「葉」に通じ、より想像力を掻き立てる美しい印象から定着したのだろうか。また、「言」は「事」に通じる。
言葉はいつでも強く、言葉は発した本人から離れて解釈を生む。
言葉その性質のため、いつでも思いもかけず成長をしてしまう。
まるで手入れを忘れた庭の雑草のように思いもかけずに蔓延る。
人の言葉は、簡単に、強く、無自覚に、容易に、人を制御する。
人が生まれて、最も、人の、人たらしめているものを滅してきたものは何か。
斧でも剣でも弓でも銃でも爆弾でもマシンガンでも核兵器でもバイオ兵器でもない。
いつだって人の尊厳を無に至らしめるのは言葉だ。
言葉にのせた無自覚な、もしくは自覚的な意志と感情だ。
言葉は人を殺せる。
集団を導く高揚感のあるスピーチが、
社会の理想を説いた文筆が、
ただただ美しい小説が、
殺戮兵器になることもある。
言葉は、自由であるべきだろう。
言葉を発する人は常に、その影響を広がりを意識すべきだろう。
言葉はいとも簡単に、私やあなたのそばを離れてしまう。
なんという矛盾だ。