not simple

デザインと言葉の実験です

くだらない人、八日目 / 水曜日 / 狂人への返信

あなたと出会って、多分、ちょうど、10年くらいだ。

 

あなたが想う人を失ない絶望している時も、
あなたが生涯を共にする人と出会った時も、

 

あなたが世界で一番幸せだったその瞬間も、
あなたが世界で一番辛く苦しいその瞬間も、

 

僕は見てた。

 

--

 

早く、早くこっちにおいでって
言われてるような気がするんだ

 

あなたと離れて、多分、ちょうど、1日半くらいだ。

 

あなたが笑ったり、悲しんだり、沈んだり、

あなたが泣いたり、不貞腐たり、喜んだり、

 

あなたが世界で一番笑っていたその瞬間も、
あなたが世界で一番泣いていたその瞬間も、

 

僕は見てた。

 

--

 

早く、早くこっちにおいでって
言われてるような気はするんだ

 

だから、意地悪だけど、もう少し

もう少しを生きてみようと思った

退職エントリ的なもの

f:id:ottiee:20190621164037p:plain2019年6月中旬を持ちましてSupership株式会社を退職しました。

あんまり書くつもりも無かったのですが、人生そんなに頻繁に発生するイベントでもないなあ、ということで記念です。

何をしていたか

何をしてたかというと何もない気もするんですがデザイナーとして

  • 新規サービス開発
  • デザイナーのマネジメント
  • CI周りのアレコレ

あたりをやっていた気がします。 やっていたのか? やっていた気がします。

Supershipはデータテクノロジーカンパニーとして成長を続けていて、福利厚生しっかりしてるし、働きやすい環境で、リモートで仕事してさせてもらったり、大分わがままに仕事させていただき、もう感謝しかないです。あんまこの言い方好きではないのですが超絶ホワイト企業だと思います。

データとかアドとか興味のある方はちらっとでも採用ページを見てもらえると素敵な出会いがあるかもしれません...

採用情報|Supership

なぜやめるのか

で、まあなんでこのタイミングで退職かというと、時期はあんまり意味はないのですが、雑にいうと会社の注力事業に対して自分のバリューを活かしきれないなあ、という話です。

元々サービス作ることを望んでnanapi(現SupershipSupershipはnanapi含む3社が合併して生まれた会社です)に転職したというのがあり、かつ、それが得意分野という自覚もあるので、それが活かせてないのは会社にとっても自分にとってもハッピーではないなあと。

基本的にUXとかUIとか、デザイナーとしてモノ作るのが好きというか、それにしか達成感得られない人なので、そこが枯渇してきたという個人的な理由もあります。

まあもともと飽きっぽく、色々やりたい派閥にいるので、そういうのもあるのかもしれません。特に直近一年間とかはものづくり欲が強くなりすぎて、人づてで色々なデザイン案件やらしてもらったりしてました。(基本ボランティアだから副業じゃないよ!)

何をするのか

引き続きデザインをやっていきます。

フリーランスというと大げさな気がするのですが、前述したようなデザイン案件を継続しつつ(突然お金を取り始めるヤクザの手法)、なんかふわっとやっていきます。ふわっとです。

最後に

最終出社日 is 退職日というエクストリームを決めてしまったため、挨拶できなかったお世話になった方も多いのですが、この無の集積地のようなブログのエントリをもって換えさせていただきます。本当に色々ありがとうございました。

くだらない人、七日目 / 日曜日 / 狂人の手紙

200●年6月1●日発見。2004年ごろの古い手紙。 手紙の主は鬼籍に入っているため詳細は不明。


君はまた動けなくなった

君は抱え込みがちだから

いつも心配はしてるんだ

少しでも楽になるならば

-

いっそ

嫌な事

辛い事

痛い事

-

全部、全部吐いちゃって

世界でも、かみさまでも

周りの幸せな人、みんな

恨んで呪ったっていいよ

-

僕はまた喋れなくなった

僕はとても臆病だからさ

いつも心配はしてるんだ

少しでも楽になるならさ

-

きっと

笑う事

好む事

愛す事

-

全部、全部吐いちゃって

世界中無くなったとして

君を見失わない、たぶん

悲しくて消してもいいよ

-

消えたくないのは一緒だ

もうすこし時間はかかる

すこし、すこしを繋いで

もうちょっとを生きてる

-

ずっと

想う事

祈る事

歩む事

-

そうだ、きっと、そうだ

君が生きていることこそ

それこそ僕の奇跡なんだ

-

夕立の雨の中家路を急ぐ


今は遺されたものを整理するだけ。

それだけの自動機械だ。

白い部屋

ひとりがね、好きだって思ってるかな。

そんなに嫌いじゃないよ。

陽が高くなった夜を、持て余してるんだよ。

何を考えた?

何も考えてない。

夜の住宅街、少し散歩したくなった。


ひとりはね、自由じゃないんだきっと。

そろそろ夜が明けるよ。

酷いニュースが始まって、早すぎる朝が来る。

何を思えた?

何も思えてない。

真昼間の町、缶ビールでも飲んで。


白い部屋、商店街、高架下抜けて、

意味ありげに空とか見上げたりして。

雨が来て、雨宿り、嗅ぎ慣れた匂い、

日常は全部、君に食べられた。


なんとなく疲れて、ベットに潜り込む。

何を考えた?


ひとりだと、なんか寒いな。

シーナ


そろそろ夜が始まる。

たこ焼きという魔

たこ焼きをご存知だろうか。

 

良識ある諸兄にこんな問いを投げかけるのは甚だ無礼と知っている。たこ焼きとはご存知の通り、緩く出汁でといた小麦粉に具材をまぜ入れ、球形に焼き上げたものだ。特に主役となる具としてたこが選択されるからその名がある。

 

稀に、たこそのものを丸焼きにして、たこ焼きと称して売る店もあるから油断がならない。それはたこを焼いたものの名称として間違いではないが、社会通念上許される表記ではない。これについてはいくつか訴訟が行われ、判例もあるのだが、法の整備が追いついていない現状に心を傷めている。

 

さて、たこ焼きとは魔である。何を言っているのかわからないと思われた方は正常である。そのまま生を謳歌するべきで、魔にまみれる前に一生を遅滞なく終了するべきである。

 

たこ焼きの中毒性、いや、中毒などという治療可能な事象とは比べ物にならない、それこそ悪魔の誘惑のような魅力がたこ焼きにはあり、一度体内に取り入れたが最後、人はたこ焼きに執着し、依存し、やがて人間が終了してしまう。

 

たこ焼きの起源としては大阪西成区とされているが、紀元前ギリシャ城址の攻略の際、兵士の士気を下げ無力化するため、今でいうバイオ兵器のような使い方でたこ焼きが使われたこともあるという文献もある。それだけ、たこ焼きは魔であり、根源的なそれなのだ。

 

たこ焼きを食べたいと思う瞬間、それは貴兄を、魔の道に誘導し、誘引し、誘拐しようとしているソレがいる。誘惑に勝てるか?私はそれに勝利した人を知らない。

 

たこ焼きは魔だ。揺るぎない。揺るぎようがない。お前はいつまでソレを食べ続ける?

 

無限だ。一度食べたら無限なのだ。家で、公園で、雑踏で、店の軒先で、休日に、休憩中に、歩きながら、働きながら、眠りながら。麻薬中毒のように延々と食べ続けるのだ。

 

であれば、たこ焼きはソレそのものが無限の存在とも言えるかもしれない。無限、それは絶望だ。まさに魔だ、終わりのない哀しい事象だ。だが食べて、食べて、食べ続けて初めて見える地平があるのだろう。

 

私は到達しかねるが、とりあえずたこ焼き食べたい。

 

 

 

 

 

くだらない人、六日目 / 土曜日 / 花

私は明確に、正確に、何一つ漏らさず、その姿を覚えている。最近は記憶もおぼろげだが、これだけは絶対だ。揺るぎようのない記憶だ。私は見た。それは真っ白なキャンバスに、なんの造作もなく大量に垂らされた、真っ赤な美しい、美しい様だった。雪の日に、突然に、唐突に、咲いた一輪の花だ。彼女の四肢はまるで雄しべのように広がり、その美しい花弁の中央に鎮座していた。

血液は優雅で甘美な曲線を描き広がり、私は生涯において二度とあのような美しいコントラストを見たことはない。一部飛び散った赤色はまるで熟練したデザイナーが計算し尽くした装飾のように、花弁の周辺を彩っていた。だがそれは無為自然に現れたのだ。現れてしまったのだ。

真の美だ。造作もない。まるで無意識に執行された偶然かつ必然の美だ。美しかった彼女は意図せず、私にとって、いや世界万物にとって最上の、最高の、究極と言える美に転化した。古今すべての芸術家が人生全てを捧げても到底到達しない、到達し得なかった美だ。

私は混乱しなかった。ただ見とれていた。ただただ見とれていた。眼下にあるその美をひたすらに、執拗に凝視していた。なんとかしてこの美しさ、そしてこの瞬間に生まれた奇妙な感情を、脳の奥底に焼き付け、定着させることに終始していた。

私が見た一人目の死は、美から醜へと転換した。

だがこの死はなんだ。

美に程度があるとしたら、普通の美を超越した美、もしかしたらそれは美と表現できるものではないものを、私は体験したのではないか。私のくだらない人生は、ここからひたすらに美に執着することになった。


それは何も変わらない日常だった。繰り返される不毛な日常だった。彼女に変わった様子も、私に変わった様子も、何もない怠惰な、素晴らしく生産性のない、いつものくだらない日々の中の一つの日だった。

なぜ彼女が、このような終焉を自ら選択したのかは、色々と捜査もあったようなのだが、結局のところ、わからなかった。わかりたくなかったと言ってもいいかもしれない。なんの前触れもなくそれは起きた。そして唯一、残された手がかり、それが君に預かってもらった例の二枚の便箋だ。君は頭が私より間違いなく良いから、あの奇妙な詩について理解ができるのではないかと思う。私は君の考察を聞いてみたいと思う。


「僕には、残された便箋についてひとつ確信があったが、あえて伝えなかった。伝えたら即座に彼はこの世から消えてしまうかもしれない。」

「僕には不思議だった。こんなに不遜で傲慢に、人の心を見透かす様に振る舞い、恥じらいもなく偏った知識を平然とひけらかす彼が、この文を、この文の真意を、十何年も読み解けなかったのかを。」

「僕は理解した。これは彼女の遺書では無い。これは彼女が、おそらくは入念に時間をかけて用意した、君の遺書だ。」

くだらない人、五日目 / 木曜日 / かわいい幽霊

「便箋、一枚目。」

さよなら、僕のかわいい幽霊

ベランダの隅で
ひなたで
川向かいで
ペテルブルクで
小さな町の小さな店で
君の位置はいつも左で

キッチンの横で
暗がりで
帰りみちで
ミネアポリスで
小雨の日の暖かい海で
君の登場はいつも急で

浴室で

「便箋に書かれた文字は、決して上手いとは言えないが、丁寧に、慎重に書かれたことがわかる。彼女が霊的な、スピリチュアルなものにはまっていたのか、家に地縛霊でも取り憑いていたのか、それとも何かの比喩表現なのか。おそらく最後者なのだろう。」

「便箋、二枚目。」

おやすみ、おはよう

視界はいつもはんぶんこで
僕の見てないものを見てる
眼に映るもの全部モノクロ
これから先はおまけなんだ

それじゃあ、またね
また会えるとしたら

できるだけ、遠いどこかで
できるだけ、時間をあけて

浴室で

おはよう、おやすみ

ああだめだ
もうすぐに
会いたいな、

さよなら、僕のかわいい幽霊

「二枚目の便箋の文字は、明らかに一枚目を書いた人間のそれ、というのはわかるが、整然と行間や文字の大きさが揃っていた一枚目に比べて、ひどく雑然に感じた。文字のインクも、紫に茶をまぜた色というか、あまり見かけない色をしていた。最後にまた幽霊が出てくるから、一枚目の内容の続きであることがわかるが、一枚目は過去、二枚目は現在・未来のことについて書いているようだ。」

「彼から聞いた話、その雪の日の状況を考察するに、おそらく、十中八九、まず間違えなく彼女は自ら命を絶ったのだろう。そう考えると、辞世の句、いや詩と言ったほうがいいかもしれないが、そういった類いのものになるのだろうか。」


「次の憂鬱な面会は土曜日だが、僕にはこの便箋が実際はなんだったのか、うっすら予感が生まれてきていた。」