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not simple

デザインと言葉の実験です

マリー・ローランサン展@府中市美術館

シルバーウィークの始まり。

初日からこんなことつぶやいている様を俯瞰してみていた自分がこのままでは連休がえらいことになるとアラートを出し始めたので、魂の浄化のためにマリー・ローランサンの絵画を見に府中市美術館に行ってきた。

調布住みのため近いからよく行ってるここの企画展はいつもハズレがない。余談だけど、「3大企画展ハズレない首都圏近郊の美術館」は、ここと 横浜美術館と渋谷のBunkamuraザ・ミュージアム。個人的に。


f:id:ottiee:20150920083923j:plain エコール・ド・パリの画家で、伝統的な西洋美術を革新していく流れの中で、同時期の先進的な画家や思想家に影響されつつも(特にピカソやブラックのキュビズムに強く影響された時期もある)早々に唯一無二の表現を追求した画家。それはおそらく彼女自身が夢想する理想の女性像とそのイメージ、つまりかわいらしさを表現することに他ならなかったと思うし、それは結果として、重厚さと尊厳さを重要視するアカデミックな系譜からの逸脱となった。

マリー・ローランサンの画風と生涯

画風に関してはポスターの写真のように、パステル調の色使いで、輪郭線のない儚げで淡い、繊細なイメージ。モチーフはほとんどは女性で、男性が描かれる場合でもそれは初期の頃にはユーモアを添えて、後期になると男性でも女性らしく表現されるようになる。儚げで繊細で可愛らしい印象ではあるけれど、描かれる女性たちの目はとても強く、まっすぐだけど闇を内包しているようで、その瞳が真正面を見ていないときでさえ鑑賞者を見据えているかのよう。僕はこういう弱さの中の強靭さ、みたいな表現がなんだか本質的に感じられて、マリー・ローランサンの絵画が好きだ。

ドイツ人の旦那がいたために第一次大戦中に亡命せざるを得なくなったり、そんな苦労したのに戦争終わったら離婚してパリに戻ったり、パリで売れっ子になったけど第二次世界大戦始まって自宅を接収されたりしたけれど、晩年まで創作活動を続けた。戦時下激動の人生の中で生まれた理想の女性像は、幻想的で現実感がないけれど、現実感がないからこそ強い。

マリー・ローランサンジェンダー

マリー・ローランサンは終始女性を描いていた(前述の例外を除く)。彼女自身は、晩年家政婦だった女性と二人きりで暮らし、亡くなる2年前に彼女を養子として迎え入れた。他にも散見する当時の事情から、彼女はレズビアンだという話がある。結婚歴やアポリネールとの話を考えるとバイセクシャル、もしくは離婚後のレズビアンへの変遷があった、という話もあるのだけれど、本質的には彼女は美の対象として女性に傾倒していたんだろう、と思う。彼女が性的対象を何に置いていたか別として。

日本での人気

特に日本人に人気のある画家、というイメージがあって、これは浮世絵的な西洋絵画の技術としての遠近感の排除や、水墨画に代表される空気を描くかのようなグレーの多用、漫画のようなイラストのような対象のディフォルメ化が日本人の好みにあってるんじゃないかな、と色々考えてみたのだけれど、まあ日本人的「かわいい」の感覚に作家の表現がマッチしただけの単純な事象なのかな、とも。最近漫画の起源とかもてはやされてる鳥獣戯画とか、解読不可能なくらい崩された書のある種のゆるさって感覚的に気持ち良かったりする。

あとはこの辺りの時代の美術がコンテキストを強めていく、つまり美術史や時代背景がわからないと楽しめない理解できない方向に向かっていくのに対して、表現が純粋に造形として美しい、かわいい、わかりやすいというのも要因なんだろうな。

特に良かった作品

  • 接吻
  • ラッパをもって
  • 舞踏

どれも1920年代周辺の円熟期の作品。以降の少し写実に寄り添っていく表現も好きなんだけど、やっぱりローランサンはこの辺りの白昼夢みてるような非現実感がコアだな、と。


ということで、東京の西側にお越しの際は是非お立ち寄りください。

なお、魂は浄化されてません。