not simple

デザインと言葉の実験です

くだらない人、四日目 / 水曜日 / 雪の日

月曜日は突拍子も無い話をしてしまってすまなかった。でも君は間を置かずに、また話を聞きに来てくれた。感謝を込めて、今日はきちんと、金曜日に話したある美しい女性の話をしよう。


それはある日の極端に寒い冬の日だった。私は例のくだらない店でひとり訪ね、普段より少し飲みすぎて、いつもどおりに彼女の部屋に戻った。彼女は不在で、十畳ほどの部屋の窓際に設置されたベットには洗濯物がいくつか散らかっていたが、気にせず私は横になった。いつの間にか降り出した雪が、カーテンの隙間から見えた。炭酸水の気泡を逆さにしたような、窓の雪の景色の平坦なリズムに、私は少し眠くなった。

しばらくして、朦朧とした意識の中で、帰宅した彼女の顔を見た。彼女は、留守中の飼い猫をねぎらうような、玄関先で従順な犬を迎えるような、そんな顔で横たわる私の顔を見た。それは間違いなく、絶対的に、疑いようもなく、美しい微笑みであった。私の記憶はもうすでに曖昧だが、これは間違いがない。間違えようがない。

私はその時に、それまでの二十年に満たない人生で初めての感覚、一般的にいうと多幸感というやつなのだろう、そんな感覚に包まれ眠りに落ちた。目が覚めれば、また素晴らしい、ろくでもない日常だ。

目覚めは最悪だった。早朝、まだ混濁している意識の中で、ずどんとか、どしんとか、ずしんとか、私の少ない語彙ではうまく表現できないのだが、そういった音が、その日の目覚ましとなった。地震か、降り積もった雪が屋根から落ちたのか、それこそ隕石でも落ちたのだろうかと混乱しつつ、気持ちよく眠っているところを邪魔されたように感じ、怒りともイラつきとも、そのどちらとも言えるような気持ちで目覚めた。

ベランダを開けて、交通機関の麻痺を期待しながら雪の様子を確認した。雪はすっかり止んでいた。東京の貧弱な雪だから、一センチも積もってはいなかっただろう。ここでようやく部屋に人の気配がないことに気づいた。そして、私はベランダから、五階だったか六階だったか曖昧だが、眼下に、薄く積もった雪の上に横たわる、彼女を見た。美しい、美しい、彼女を見た。


その時の彼女の様子を話すのはまた次の面会の日にしよう。こればかりは饒舌に過ぎて、君の時間を大きく割いてしまうかも知れないし、それは私の本意ではないから。ただ次の日までに前もって、ひとつこの手紙を見ておいてくれないか。その雪の日、彼女の部屋のテーブルで見つけたんだが、私には詩才がないというか、読解力が足りないんだろう、意味がわからないから、君のような知見のある人に見て、見解を欲しいと思うのだ。


「その二枚の便箋は痛みもなく、綺麗な状態だった。十数年、大事に、丁寧に保管してあったのだろう、彼にとっては生きる糧、希望、そんな言葉で表現されるようなものだったのかも知れない。だけど、僕はこれを呪詛としか感じない。」


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