くだらない人、五日目 / 木曜日 / かわいい幽霊
「便箋、一枚目。」
さよなら、僕のかわいい幽霊 ベランダの隅で ひなたで 川向かいで ペテルブルクで 小さな町の小さな店で 君の位置はいつも左で キッチンの横で 暗がりで 帰りみちで ミネアポリスで 小雨の日の暖かい海で 君の登場はいつも急で 浴室で
「便箋に書かれた文字は、決して上手いとは言えないが、丁寧に、慎重に書かれたことがわかる。彼女が霊的な、スピリチュアルなものにはまっていたのか、家に地縛霊でも取り憑いていたのか、それとも何かの比喩表現なのか。おそらく最後者なのだろう。」
「便箋、二枚目。」
おやすみ、おはよう 視界はいつもはんぶんこで 僕の見てないものを見てる 眼に映るもの全部モノクロ これから先はおまけなんだ それじゃあ、またね また会えるとしたら できるだけ、遠いどこかで できるだけ、時間をあけて 浴室で おはよう、おやすみ ああだめだ もうすぐに 会いたいな、 さよなら、僕のかわいい幽霊
「二枚目の便箋の文字は、明らかに一枚目を書いた人間のそれ、というのはわかるが、整然と行間や文字の大きさが揃っていた一枚目に比べて、ひどく雑然に感じた。文字のインクも、紫に茶をまぜた色というか、あまり見かけない色をしていた。最後にまた幽霊が出てくるから、一枚目の内容の続きであることがわかるが、一枚目は過去、二枚目は現在・未来のことについて書いているようだ。」
「彼から聞いた話、その雪の日の状況を考察するに、おそらく、十中八九、まず間違えなく彼女は自ら命を絶ったのだろう。そう考えると、辞世の句、いや詩と言ったほうがいいかもしれないが、そういった類いのものになるのだろうか。」
「次の憂鬱な面会は土曜日だが、僕にはこの便箋が実際はなんだったのか、うっすら予感が生まれてきていた。」