not simple

デザインと言葉の実験です

くだらない人、二日目 / 金曜日 / ある女性の話

先日は、君にとってはおそらく大変、聞くに耐えない、気味の悪い話をしてすまなかった。今日の話はもう少し、美しい話だから安心してほしい。美しい女性の、美しい話だ。美しい、美しい、美しい話だ。

彼女と親しくなった時期は、ちょうど友人の事故があった直後、その一般的には不幸といわれるような滑稽な出来事をどうやって咀嚼するべきか、悶々としていた時だった。ただの骨と肉と汚物を内包した、ただの皮の袋になってしまったそれに、どういった思いを馳せるべきなのかをいつも考えていた。

友人の件があった以前から面識はあり、例のくだらない店の常連であった。当時の私はまだ学生の時分で、彼女は二十代前半くらいにみえたが、これもきちんと確かめたことはない。そこはかとなく儚げな雰囲気で、いわゆる美しい女の類ではなかった。私はその容貌について形容するのに適切な語彙を持たないが、なんとなく、なんとなく、私には好ましく見えた。

職業についてあまり詳しく聞いたこともないが、休みは平日だったらしく、そのくだらない店には火曜日と木曜日によく来ていたように記憶している。彼女も友人とは共通の知り合いであったから、友人の滑稽な事故の話はよく話題に上がった。その話を持ち出すのは、彼女と私が仲良くなるための共通の話題としては、最適解と言えた。

しばらくすると、私はその彼女の部屋によく出入りするようになった。なんの目的もない、くだらない会合だ。下等な酒を飲み、ロクでもない飯を食い、生産性のない話をし、惰眠をむさぼる、くだらない、一切の社会に貢献しない時間だった。別段共通の趣味もなく、外出もせず、酔った私がしばしば、友人の受け売りの文学や哲学や心理学や神学など、何の役にも立たない話を始めて、彼女を辟易させるような有様だった。

平日のまだ日の昇らないうちから、酒を飲み、煙を飲み、時に薬を飲み、くだらない話をした後、それは大抵はほとんど朝になりかけるような時間帯まで続いたが、お互いに興が乗り機嫌が良くなってくると、彼女はよく私の顔に手をあて撫ぜた。その手は、いつも不思議なほど温かく、そして次第に形容しがたく冷たくなっていった。まるで与えられた熱をもう一度吸い取られるような感覚を覚えた。

当時の私にとっては、おそらく若さゆえに、理解できない事象は気に食わなく思ったのだろう、素性すら互いに詮索せず、何も聞いたことのない彼女に初めて、どういう理屈でそうなるのか、と聞いた。にんやりと笑って催眠術みたいなものだ、と答えた。

実にくだらない逢瀬だったが、今思い返してみても、これは素晴らしい時間だった。そのように記憶している。記憶は美化されるものだというのは通説で、もちろん君もご存知であるだろうけれど、これは間違い無く、間違えようが無く、一切の改竄の余地も無い、私の美しく、くだらない記憶だ。


「そこまで話して、少しの沈黙の後、突然、担当の看護師の文句を延々と捲し立てた。どうでもいいので割愛するが、常識的に考えてみれば、どう考えても君の方が悪いのでは、と思った。そして僕はこの面倒な仕事がいつまで続くものなのか、憂鬱になった。」


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