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デザインと言葉の実験です

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015 に行ってきた話(1)

大地の芸術祭に行ってきた話、1日目です。

2日目はこちら。

ottiee.hatenablog.com


先週訪れた横浜美術館の蔡國強展。 ottiee.hatenablog.com

そういえば2015年7月26日に始まった「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015」にも新作展示があるなと思い立ち、週末の休みを利用して1泊2日でふらっと行ってきた。

芸術祭には横浜トリエンナーレ、国東半島芸術祭、市原アートミックス、葉山芸術祭、パラソフィア京都国際現代芸術祭など、好きでよく行っているのだが、日本の芸術祭のはしりともいえる大地の芸術祭には初めての参加。予想通りに素晴らしかったので作品紹介がてらつらつらと書く。写真は魚眼縛りの撮影という修行を兼ねているため全体的に湾曲してますがご勘弁くださいませ。

大地の芸術祭とは

www.echigo-tsumari.jp

東京駅から新幹線とほくほく線を使って乗り換え含めて2時間30分程度で、大地の芸術祭の中心地、十日町駅につく。

大地の芸術祭は、2000年から始まり3年ごとに開催している芸術祭で、今年6回目の開催となる。越後妻有という棚田の広がる里山の風景に地域性を生かしたアートを多数展示している。展示の多くはパーマネントコレクション、つまり芸術祭のあとも恒久的に残る作品として地域に残る。4回の開催で作品数は200点を超え、今回の開催で380点となる。参加アーティストは350組。

国内では最大規模のモンスター芸術祭で、エリアは大きく分けて6つ。市内全域にまたがり、ゆっくり堪能しながら全部みるには多分1週間はかかる。パスポートというものがあり、スタンプラリー的な楽しみもあるのだが、普通に見て回るととても全ては無理。Instagramで「#大地の芸術祭」みたらコンプリートしてる人がいてびっくりした。

空間絵本「絵本と木の実の美術館」/ 鉢&田島征三

f:id:ottiee:20150804011822j:plain 十日町に到着して一番にむかったのが「絵本と木の実の美術館」。廃校になった小学校を舞台に空間を存分に使い、最後の在校生3名をモチーフにストーリーが展開する。

小学校の教室というロケーション、床の軋む感じが醸す懐かしさ、鮮やかに彩色された流木を組み合わした複雑な造形。温かくてフレンドリーだけど理解を拒むような表現が「らしい」。ストーリを知らなくても色彩と形態の表現だけで純粋に楽しめる。体育館に設置されたピアノを来場者が好き気ままに弾き、その適当な旋律が木造校舎に響く感じもいい。

「Kiss & Goodbye」 / ジミー・リャオ

f:id:ottiee:20150804011858j:plain 台湾の絵本作家さん。かまぼこ型倉庫をアレンジした施設の中で、列車がモチーフになった絵本の世界を再現したショートムービーと原画が観れる。子供は喜びそう。絵本は好きだがそんなに感想ない。そんなこともある。それが芸術祭。

越後妻有里山現代美術館「キナーレ」/ 蔡國強、カールステン・ニコライ 他

十日町駅近く、大地の芸術祭の中心的な存在の美術館。大阪スカイビルなどで高名な原広司の設計。

大きな水盤を囲うようにコンクリートとガラスで構成された建造物が建っている。この美術館を見ているといくつもの正方形で構成されていることに気づく。幾何学的に最も純粋な正方形はまず自然界には現れないもので、それを多用したこの美術館に入ると日常から切り離された、なにか神聖な感覚がある。中央の水盤ももちろん正方形になっているが、今回の蔡國強の作品はその中央に蓬莱山を浮かべるというものだ。

特別企画展「蓬莱山—Penglai / Hõrai」 / 蔡國強

蔡國強は火薬を使ったパフォーマンスが有名なアーティスト。

f:id:ottiee:20150804174615j:plain だが今作は趣向が違う。キナーレの入り口をくぐると、水盤中央に植物で覆われた丸みのある山が浮かんでいる。その山、蓬莱山の上を水が走り、雲のような蒸気が浮かび、山を圧縮して見せられているような感覚。まるで水墨画の中のように静謐で、平和な世界観だ。

f:id:ottiee:20150804012724j:plain 水盤を取り囲む建物には飛行機や船などを模した藁細工が無数に浮かんでいる。これは越後妻有の子供たちとの共作で、総数1000本ほどあるらしい。芸術祭ではその地域性を取り入れたり、そこに住む人をうまく巻き込むことが、芸術祭そのものの価値を引き上げ体験を豊かにする。そういう点でこの作品はすごく正しい。

蓬莱山のトリック

f:id:ottiee:20150804174743j:plain 正面からのリアルな表現を眺めつつ後方に回るとまた一つ驚きがある。蓬莱山はまるで作りかけかのように、後ろ半分がそっくり無い。しかも打ち捨てられた建築現場のように足場もそのまま残されている。中国の伝承に伝わる架空のそれは、実はただの張りぼての作り物であることをはっきり認識させる。これがこの作品の肝で、蔡國強のユーモアとアイロニーが垣間見える。

おそらく東アジアの情勢のこと、特に領海権のことを皮肉っているのだと思うが、そう考えると周辺に浮かぶ藁細工も違った見え方をしてくる。静謐で平和の象徴であるはずの蓬莱山が、一気に危機の象徴のように思えてくる。この転換する感覚が、この作品の最も重要なところだと感じた。素晴らしかった。

火薬の絵画「鳥」

f:id:ottiee:20150804012142j:plain キナーレのエントランスには、「鳥」という巨大な火薬によるドローイング作品も展示してある。爆発の一瞬を紙の上に定着させた、躍動感に満ちているが静謐な印象もある作品で、横長の紙の左側にあるピンクと青の炸裂痕が全体に緊張感を与えていて、美しい作品だった。

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「Wellenwanne LFO」 / カールステン・ニコライ

写真は人が多く撮れなかったので無し。 カールステン・ニコライは、アルヴァ・ノトという名義で音楽活動も行い、坂本龍一と共作をしていたりもするドイツ人アーティスト。札幌国際芸術祭でも「unicolor」という作品を展示していた。音と光を使った作品が特徴的で、本作もスピーカーで揺れた水面の波紋を、同調させた光の反射によってスクリーンに映す、というもの。

秩序と混沌、運動と停滞という相反するものを表現しているらしいが、だいぶハイコンテキスト。鑑賞時にはそこの理解がなかったので、単純に揺らめく水面と広がる光の繊細な美しさを楽しんだ。

「Rolling Cylinder, 2012」 / カールステン・ヘラー

f:id:ottiee:20150804012241j:plain 2人続けてカールステン。金沢21世紀美術館にも「金沢の自動ドア」という作品がある。

本作品は、赤・白・青のトリコロールが螺旋状に描かれたトンネルを鑑賞者がくぐり抜け、平衡感覚を狂う体験をするという作品。トリコロールはいわゆる床屋さんカラー。トンネルの中を進むことで、あのくるくる回るポールの中にいるかのような感覚もあった。こういう単純明快に不可思議なものは楽しい。

「ソイル・ライブラリー/新潟」 / 栗田宏一

f:id:ottiee:20150804012250j:plain 日本全国の土を採集しているアーティスト。「土の色って、どんな色?」という可愛らしいけどマニアックな本も出している。

本作は、新潟県各地の土576種の展示。作家の労力にも驚嘆にするが、土の色の幅に広さに何より驚いた。ほとんど白いものから、ピンク、オレンジ、緑、紫に近い色まである。土の多様性から世界の多様性へ思いを馳せるなど高尚なことはせず、土が作る綺麗なグラデーションを純粋に楽しんだ。

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他にも、動きのカガク展で「LOST#13」を展示中のクワクボリョウタの作品「LOST#6」や、金沢21世紀美術館の「スイミング・プール」で超有名なレアンドロ・エルリッヒの作品「トンネル」など、現代アート好きにはたまらない作品が多く常設されている。 大地の芸術祭、訪問3つ目にしてだいぶお腹いっぱい。

「モグラTV」 / 開発好明

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キナーレの敷地内ではモグラくんに会える。こちらは、地下に掘られたスタジオで、開発好明氏がメインキャスターのモグラ君となり、地元の方やアーティストをゲストにトーク番組をUstreamするというもの。同様の企画は市原アートミックスでもやっていたので、今回お会いするのは2度目。TV出演など名のある方なのにこの体の張りよう。しかも氏の口から「今回からパーマネントになった」とのこと。炎天下の中着ぐるみ着て、期間中毎日地下スタジオ…3年に1度これをやるのか…熱中症にお気をつけください…

「最後の教室」 / クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン

今回のハイライトだった展示。クリスチャン・ボルタンスキーはフランス生まれのアーティストで、作品のテーマは一貫して生と死をベースにしている。豊島の「心臓音のアーカイブ」というちいさな美術館に彼の作品があり、心臓音をランプの光と連動させたインスタレーションの展示や、心臓音を録音してアーカイブしてもらうこともできる。僕の心臓音もアーカイブされている。

ジャン・カルマンは、パリを拠点に活動する舞台美術家で照明デザイナー。日本でもあいちトリエンナーレ向井山朋子とのコラボレーションを行ったことがある。共作ということになっているが、作品はボルタンスキーの作家性が強く出ているので、ボルタンスキーの世界観を表現するための協力者という感じだろう。

f:id:ottiee:20150804012729j:plain 舞台となるのは松之山エリアにある、廃校。この廃校を使って、ボルタンスキーは「人間の不在」を表現する。舞台として人がいなくなってしまった場所を選ぶのは必然かもしれないが、穏やかな里山の風景の一種ゆるやかな空気と、作品の体験とのコントラストが、作品の印象をより強いものにしている。

1階

f:id:ottiee:20150804012257j:plain 入場すると、中は真っ暗。全ての窓は完全に塞がれているため、目が慣れるまでは天井から吊るされている赤いランプの光しか見えない。目が慣れていくと、ここが体育館で、長椅子の上に扇風機が置かれ、その風がランプをゆらゆらと揺らしているのがわかる。足元は乾いた草(多分藁だと思う)で敷き詰められ、歩をすすめるたびに草の乾いた匂いが立ち上る。人間が全ていなくなって自動で動く機械だけが存在する世界、そんなところに迷い込んだような感覚。

f:id:ottiee:20150804012302j:plain 体育館を出て、1階の通路を進む。等間隔に天井から吊るされている真っ赤なランプ。廊下の壁には黒い板が無数に貼られ、塗りつぶされた遺影のようだ。廊下の終点には大きな扇風機のような機械があり、後ろから強い光を照らしている。真っ暗な場所へと強く照らされる赤い光、まっすぐ照らされる廊下は生命の誕生のイメージを想起させる。かすかに心臓音が聞こえてくる。

2階

f:id:ottiee:20150804012304j:plain 2階にあがる階段を登って行くと、心臓音が強くなってくる。音が出どころを探っていると、ある部屋にまた赤いランプが吊るされている。鼓動音に合わせて、今までのランプとは比べものにならない強い発光を繰り返している。赤いランプは心臓のメタファー(これは心臓音のアーカイブでも同じ)であり、これまで無数にみてきたランプがなんであったか理解する。また、3階建ての2階に設置されたランプは、この廃校の心臓であることもわかる。不在の世界に迷い込んだ感覚が強くなる。

f:id:ottiee:20150804012313j:plain 別の部屋には、白い布をかぶせられ乱雑に積み上げた机や椅子がある。深く降り積もった雪のような美しい曲面だ。かつて使われていた道具を使ってそこにかつてあった記憶や感情を場に固定するという表現とも取れる。だが、青白い光を当てられたそれらの有機的・肉体的な曲面は、美しさ以上に不穏な印象を与える。

3階

f:id:ottiee:20150804012323j:plain ここが最上階。真っ白な布が床全面にひかれ、ランダムなドレープを描いている。その上にはいくつかの透明なアクリルの箱がおかれ、箱の中で蛍光灯が青白い光で発光している。こちらも過去の記憶や感情の固定化とも言える。真っ白に整えられた静謐なこの部屋は神聖な場のような印象をあたえている。ここが聖所で、存在の死の表現とすれば、蛍光灯を覆っているアクリルは透明な棺とも捉えられる。生命を象徴する赤、死を象徴する白。赤いランプが生命の象徴としての心臓のメタファーであれば、白い蛍光灯は死の象徴としての棺かもしれない。

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解釈と感想(ポエム)

来た道を引き返しながら考える。「人間の不在」とは、僕がまだいない、生まれていない世界なのかもしれない。風を生命の息吹、強い光を生誕のイメージ、長い廊下を産道と仮定すると、生誕前の生命は体育館で弱く揺らされ、強い息吹を受けながら廊下を通り誕生し、2階で強く生命を鼓動させ、3階で終わりを迎える。生と死を学び体験する装置としての「最後の教室」。

まあ考えすぎか。見に来てた小学生も「お化け屋敷」って言ってたし。

クリスチャン・ボルタンスキーの意図とは違うだろうが、こうやって表現に解釈を加えていくのもアート鑑賞の醍醐味。存分に堪能した。建物全体を使ったインスタレーションはいままでいくつも体験してきたが、間違いなく一番良かった。

「家の記憶」 / 塩田千春

f:id:ottiee:20150804012331j:plain 毛糸を使ったインスタレーションを多く発表している、ベルリン在住のアーティスト。古民家に毛糸を張り巡らし、近隣住民の「要らないけど捨てられないもの」を編み込んで固定化している。その場の記憶や感情の固定化を図る試みは、どの芸術祭でも「〜家」「〜ハウス」ではよく登場するが、この作品は薄暗い古民家に蜘蛛の糸のように張り巡らした毛糸が、なんだか幽霊屋敷のような独特の雰囲気を出していて面白かった。

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以上、1日目に見て回ったもの。 2日目はまた後日。

余談

作品保護について

キナーレでの「鳥」の鑑賞中、広いエントランスで走り回る子供達が柵の中に入ってしまい、作品に触れそうになってしまったことがあり「入っちゃダメだよ」と注意した。ちょっと距離があったので呼びかけだったのだが、ひさびさにあんな大きな声でた。子供が多く訪れるのは是とされる芸術祭だからこそ、作品保護はしっかりされるべきで、そこは運営側がスタッフつけるなり柵をきちんと取り付けるなりしてあげたほうが良いと思う。今回訪れた会場では、作品保護というところが全体的に薄かったように思う。そこだけはちょっと残念。

ランチ

昼過ぎに到着し、ランチは「絵本と木の実の美術館」内の食堂でこんなのを食べた。 f:id:ottiee:20150804013332j:plain 新潟の食材を使ったサンファイナ丼。サンファイナという溢れ出るオシャレ感。新潟のごはんは総じておいしい。

魚眼レンズ

魚眼レンズ縛りとか初めてやったけど、猛暑に単焦点オンリーで撮影とか苦行でしかない。撮影ポジションとるためやたら動き回ったり体ひねったりしなければならないので、汗を8リットルくらいかいた気がする。今度はちゃんと標準レンズ持ってこ。